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2011.03.31

絶望の手前にあるもの

これしかない!・・・ことはない!

自分の生きがいを失って、人生を悲観して自ら命を絶ってしまおうと思っている人へ

 

そりゃぁ…死んでしまいたい、という気持ちもわからなくはない...こともないことはないか...

(°-°)☆\(・-・; ドッチナンヂャィ!

 

「これしかない」と思う気持ちは大切かとも思うけれど、それもどうかなと思う.

v(^∀^ )☆\(^∀^; コレグライナラワカリヤスイ!

 

やるからには、
とことん、徹底的に、最後(?)まで粘って粘って粘って粘って...それで叶わない時には…おらは他の道を探ることにしている.

 

ここで言っておきたいのは、
最初から「だめならだめでいぃや」とか「だめもとで...」とかいう投げ遣りな気持ちはさらさらないし、やり投げもしない!

v(^∀^ )☆\(^∀^; ナンノコッチャアッチャコッチャ!

 

そうぢゃなくて、
やるからには…とことん、徹底的に、最後(?)まで粘って粘って粘って粘ってやる.

そこまでやって出来なかった時(「駄目」という言葉は遣わない)、きっぱりとそれをやめて(「あきらめて」という言葉も遣わない)他の方法を考える.

 

何事も
いつもそう考えることにしている.

 

だから...

おらが釣りに行く時に友人が

「釣れるといいね」

と言う.

言ってくれるのは…ありがたいのかも知れないけれど、その都度

「いや、そういう考え方はしないから.釣れても釣れなくてもどっちでもいいから」

と、毎回言い返す.

かといって、はなっから釣れるのをあきらめて「釣れない」ためにわざわざ釣りに行くのともちがう.

 

やなヤツ?
いんげのぉ~.

 

きょうは「この魚を狙う」という気持ちで釣りに出かける.

でも...
「釣れるといいな」「絶対に釣る」…と意気込んで釣りに行って、もし釣れなかったら...
きっとがっかりしてしまうと思う.

だからそう考えるのでなくて、
「きょうは何で釣れないんだろ?」「潮の動きが魚にとって良くないのか?...潮がいつもとは反対に流れているのが魚にとって気持ち悪いのか?」「水温が下がったのか?」「周りに自分より大きい魚が来たので怖くなって逃げちゃったのか?」などなど、そのときの海の中の状態をイメージして原因をつきとめる努力をする.
釣れないのには何か理由がある.
いま言った様な条件かも知れないし、自分の仕掛けが魚にとって不自然に見えているのかも知れない.
必ず何か理由がある.

 

原因を突き止められないこともあるけれど、これかな?と思い当たることもある.
だから、
「釣れない」ことも、ある意味面白い.いや、「ある意味」ぢゃなくて「すごく面白い」!
そしてそれは、次へのステップになるかも知れない.

 

そのようにいろいろと考えて、すごく釣れるようになったのをまとめたのがおらのネット本「釣りのえきす」.
この中に書いてあることを実践すると、今まで釣れなかったものが、ものすごく釣れるようになるかも知れない(?).
でも、書いてあることが答えということでもなくて、それもまたひとつのステップ.

 

・・・などとさりげなく宣伝も入れたりして.

v(^∀^ )☆\(^∀^; ドコガサリゲナクヂャィ!

 

山に虫を採りに行く時にも友人が

「採れるといいね」

と言う.

言ってくれるのは…ありがたいのかも知れないけれど、その都度

「いや、そういう考え方はしないから.採れても採れなくてもどっちでもいいから」

と、毎回言い返す.

かといって、はなっから採るのをあきらめて「採らない」ためにわざわざ山に行くのともちがう.

 

めんどいヤツ?
いんげのぉ~.

・・・・・

でもそうかも? えへへ

 

きょうは「この虫を狙う」という気持ちで山に出かける.

あとは釣りの時と同じ.
「採れるといいな」「絶対に採る」…と意気込んで山に行って、もし採れなかったら...
きっとがっかりしてしまうと思う.
その、がっかりの負のエネルギーたるや、ハンパないものだと思う.
身体にゃぁ良くないよね?
そういう考え方は楽しくないし.

 

なにせ相手は「自然」なのだからさぁ!
毎日毎回同じ条件なんてないのが「自然」なのだから.

きょうは、どうなんだろ?

という気持ちで出かけている.
もちろん行くからには、とことん、徹底的に、最後(?)まで粘って粘って粘って粘る.(「飛んで飛んで♪」みたい.あはは)

 

ただし、行ってすぐにやめて帰ることもある.
これまでの自分のデータと照らし合わせて、
「あ、きょうはいくら粘っても釣れない」とか「採れない」
という条件に当てはまる時があり、そういう時には、あっさりとやめて帰る.

これまでの「駄目だった」時のデータが「無駄な時間」を過ごすこともなくなり、「無駄」ではなくなる.というより、とても役に立つ.

 

仕事においても同じ考え方だ.

作曲や編曲をして、
「これしかない」
「この曲で勝負する」
とは思わない.
だって、それは相手あってのことで、その人やその人たちの意向や好みと違うことも十分にあり得るのだから.

もちろん、自分の中では「これしかない」というところまで考えに考えて自信を持って創り出した作品を持っていくのは言うまでもない!
…ヂツヲイウト、おおきな声ぢゃ言えないことだけども、そんなに考えない.(笑;
瞬間的にパッと出来ることが多く、あまり考えすぎると煮詰まってしまう.ゴメンチャイ.
ただ創り始める前の段階では、ものすごく時間をかけて…遊んだり、海へ釣りに行ったり、虫採りに行ったり、映画をみたり、好きな音楽を聴いたり、高島彩さんを観たり(これ、おっきい)、そうして曲作りをとがらせるというか、集中、凝縮させて…パッと創る!

 

でもそうして創った自信作が受け入れられなかったら...

がっかりすることなんて決してしない!

また創りなおせばいいんだし.
相手が納得してくれるまで、気に入ってくれるまで何度でも創りなおす.

 

「これしかない」

と思って持っていって、もし「駄目」だったら...

 

死ぬの?

 

そんなことでいちいち死んでいたら、命がいくつあっても足りないよ!
そりゃぁ、その人にとっての重要性というか重大性というものがあるのだろうけど...

でも突き詰めて考えてみれば、些細なことも重要なことも同じだと思う.
些細なことだって大切なのは大切なことに違いはない!

 

この世で自分の命は、たったひとつ.
生きるからには、せいいっぱい生きる!
でも「なにか」が起きるのが人生.
「なにか」が起きたとき...

「生きがい」や「目標」が変わったってちっとも構わないと思う.

もちろん、
やるからには、とことん、徹底的に、最後(?)まで粘って粘って粘って粘ってやるけれど、その「生きがい」や「目標」を失った時...悲しいし、泣くと思う.
そこで終えてしまうのもひとつの人生だけれど...その人が選択することを尊重するし、その人の選択なんだから…しょうがないけれど.

 

でも、

悲しむだけ悲しんだあと、

「ほかにも道がある」

と思ってほしい.

実際

「ほかにも道は…ある」

のだから.

 

いまの出来事は先に行くと・・・「想い出」になる.

 

きっと

なにかほかの

小さな(?)幸せを見つけて

「あぁ、生きててよかった」

って思うことが必ずあるから.

 

おらのこと、なんて面倒なヤツだ…って思う?
そうかも知れない. あはは
そう思ってくれて

「いいよ!」 (「スリムクラブ真栄田 賢」氏風に言ってね)

 

公式ブログ
よしもと芸人 スリムクラブ真栄田の「人生は大喜利」:
http://kenmaeda3.laff.jp/

 

↓画像良くないけど

スリムクラブ
おどれ快物 フランチェン:
http://video.google.com/videoplay?docid=7687607151440087105#

 

注:「いんげのぉ~」は土佐弁.「いいえ」とか「いいや」とか「どういたしまして」の意.

 

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